部下の退職、引き止めは違法?突然告げられたときの初動と線引き

部下から退職を告げられたら、その場では結論も条件も出さず、理由を聞くことに集中します。引き止めるときに気をつけるのは手段です。脅して働かせることや、辞めるなら違約金を払うと約束させることは、労働基準法で禁じられています。

初動、引き止めるか見送るかの判断、引き止めの線引き、1人の退職で業務が止まる会社で起きやすいこと、兆候の見つけ方を順に説明します。

退職の意向を聞いた直後の対応

その場でやることは3つです。

  1. 理由を最後まで聞く。反論や説得はしない
  2. 結論を出さず、次に話す日時を決める
  3. 聞いた内容と日付を自分用のメモに残す

理由に自分の言動が含まれていても、その場で弁明や謝罪を重ねません。事実として聞き取り、あとで確認します。上司本人が理由に挙がった場合は、以降の引き止めの面談を経営者や別の管理職に替えます。

言ってはいけない一言は、次の表のとおりです。

場面 避ける一言 避ける理由 代わりの言い方
条件を聞かれる前 「給料を上げるから残ってくれ」 決定権のない口約束は、実行できないと不信が残る 「条件は確認してから、改めて伝える」
退職の可否 「認めない」「許可しない」 「認めない」と言っても退職は止められない。正社員など契約期間を決めていない雇用は、申入れから2週間で終わる(民法627条1項) 「受け止めた。少し時間をもらいたい」
後任 「後任が見つかるまで辞めさせない」 厚生労働省の出先機関である茨城労働局のQ&Aでも、退職の意思表示で退職は成立すると説明されている 「引き継ぎの進め方を相談したい」
責める 「なぜ相談しなかった」「裏切りだ」 理由を話さなくなる。言い方によってはパワハラと受け取られるおそれがある 「話してくれてありがとう。理由を聞かせてほしい」
脅す 「辞めたら損害賠償だ」 辞めるときの違約金や賠償額を前もって約束させることは労働基準法16条、脅して働かせることは5条で禁じられている。引き止めの脅し文句に使うと、パワハラと受け取られるおそれもある 言わない

引き止めるか見送るかの判断

判断は退職の理由で分けます。会社が変えられる理由なら条件を検討し、変えられない理由なら見送って引き継ぎに切り替えます。

退職の理由 判断 動き方
給与・待遇への不満 引き止める余地あり 会社が実行できる範囲を社内で決めてから書面で示す
仕事量・配置への不満 引き止める余地あり 担当範囲、人員、見直しの時期を具体的に示す
上司や同僚との関係 先に事実確認 本人の同意を得て、当事者以外の人が事情を聞く
転職先が決まっている 原則見送り 条件の提示は1回にとどめ、引き継ぎ計画に移る
介護・転居などの家庭事情 見送り。働き方は提示 勤務時間や場所を変えられるかを会社側で確認して伝える
体調不良 引き止めを急がない 本人の状態を優先し、働き方の相談に切り替える

理由を話したがらない人に、転職先や家庭の事情を何度も聞くと、パワハラと受け取られるおそれがあるため、繰り返し聞き出しません。

引き止めの線引きと関係する条文

引き止めがどこから法律違反やパワハラになるかを、条文とパワハラ指針で確認します。まず、法律違反になる場面の条文です。

条文 定めていること 引き止めの場面との関係
民法627条1項(退職の申入れ) 期間の定めのない雇用は、いつでも解約を申し入れられ、申入れから2週間で終了する 「認めない」と言っても、退職の効力は止められない
労働基準法5条(脅して働かせることの禁止。罰則は117条) 暴行、脅迫、監禁その他の不当な拘束手段で、労働者の意思に反して労働を強制してはならない。違反には1年以上10年以下の拘禁刑または20万円以上300万円以下の罰金 脅して働かせ続けることは、この条文の問題になる
労働基準法16条(違約金の約束の禁止) 労働契約の不履行について、違約金を定めたり、損害賠償額を予定したりする契約をしてはならない 「辞めるなら違約金」と約束させる場面で確認する

契約期間を決めた雇用でも、民法の定め(628条)により、やむを得ない事由があれば直ちに解除できます。事由が一方の過失によるときは、相手方に損害賠償責任を負います。契約期間の途中の退職は、事由の有無を個別に確認します。

次に、パワハラになる場面です。会社にはパワハラを防ぐ義務があり、何がパワハラに当たるかは国の指針(パワハラ指針)が示しています。

引き止めの面談がパワハラになるかは、次の3点で判断されます。3点すべてに当たる場合がパワハラで、適正な業務指示や指導は当たりません。

  1. 上司と部下のような、優位な関係を背景にした言動か
  2. 業務上必要で相当な範囲を超えているか
  3. 働く環境を害しているか

国の指針が示す6つの分類を引き止めの場面に当てはめると、次のような言動がパワハラになりえます。

パワハラ指針の分類 パワハラになりうる引き止めの言動
身体的な攻撃(暴行・傷害) 部屋から出さないために腕をつかむ
精神的な攻撃(脅迫・名誉毀損・侮辱・ひどい暴言) 「辞めたら業界で働けなくなる」「恩知らずだ」と言う
人間関係からの切り離し 退職を告げた後に、会議や連絡から外す
過大な要求 思いとどまらせるために、達成が難しい業務量を課す
過小な要求 退職を告げた後に、仕事を取り上げる
個の侵害 転職先や家庭の事情を、拒まれても繰り返し聞く

実務では、通常の範囲の対応と、問題になりやすい対応を、次のように分けます。

通常の範囲の対応 問題になりやすい対応
理由を聞き、会社が実行できる条件を示す 脅す、人格を否定する
回答の期限を本人と決める 同じ話を長時間、繰り返す
個別の場で話す 他の社員の前で、考え直すよう迫る
本人が応じなければ、見送りに切り替える 評価、配置、書類の交付を、思いとどまる条件にする

1人の退職で業務が止まる会社で起きやすいこと

少人数で、1人が1つの業務を受け持っている会社では、1人が抜けるとその業務が止まりやすくなります。起きやすいことは3つです。

起きやすいこと 先にやること
後任がいない。手順が本人にしかわからない 担当業務、取引先、締め日、使うシステムを書き出し、引き継ぎ先を決める
残る人に負荷が集中する 一時的にやめる業務と兼務の期間を決める
連鎖して退職者が出る 残る人に伝える内容を先に決め、個別に話す

引き継ぎの期間は、就業規則の定めと本人の意向を確認して決めます。申入れから2週間は、退職の効力が生じるまでの期間で、引き継ぎに足りるとは限りません。早めに計画を作ります。

残る人への伝え方

  1. 誰にいつ何を伝えるかを、本人と先に決める。退職の理由は本人の許可なく話さない
  2. 退職日と、業務の分担を同時に伝える
  3. 負荷が増える人には期間と見直しの日を示す
  4. 退職する人を批判しない
  5. 伝えた後に、残る人と個別に話す

伝え方の例です。「○○さんは10月末で退職します。担当していた請求業務は、11月から△△さんと□□さんで分けます。負担が増える間は、毎週金曜に状況を聞きます。」

退職の兆候のチェック表

次の変化が複数続くときは、評価と切り離した面談を入れます。1項目だけで退職と決めつけません。

観察項目 見え方の例 最初の一手
会話 雑談や相談が減る 仕事以外の話も含めて、1対1で聞く
会議 意見を求めても「大丈夫です」と返す 事前に論点を渡し、書面でも意見を受ける
勤怠 遅刻、早退、急な休みが増える 理由を問い詰めず、体調と業務量を聞く
仕事の姿勢 長期の案件や新しい仕事を避ける 担当の希望と負荷を確認する
整理 資料やファイルを整理し始める 責めず、業務の状況を聞く
面談 将来の希望を話さなくなる 現在の不満を先に聞く
人間関係 特定の人を避ける ハラスメントの有無も含めて事実を確認する

兆候を見つけても、「辞めるつもりなのか」と問い詰めません。聞くのは仕事の状況と、会社に望むことです。

社内で兆候を見続けられない場合

今回の対応が落ち着いたら読んでください。次の退職を早く察知するための備えです。

経営者が現場に出られない、直属の上司が理由の一つになっている、管理職が自分の業務で手いっぱいという会社では、社内だけで兆候を見続けるのが難しくなります。選択肢は3つです。

選択肢 向く場面 注意点
社内で定期の1対1面談を決める 管理職に余力がある 評価と切り離し、記録を残す
社外の人事の専門家(社会保険労務士や人事コンサルタントなど)に、定期的に従業員の様子を見てもらう 経営者や上司には話しにくい従業員がいる 面談の内容のうち、会社に伝える範囲を先に本人へ示す
社外の相談窓口を設ける 直属の上司に関する相談が出うる 窓口の存在と使い方を全員に周知する

どれを選ぶ場合も、面談の頻度、記録の置き場、会社に共有する範囲を先に決めます。費用と手間は会社の人数と管理職の余力に合わせて選びます。

よくある質問

Q. 部下が「2週間後に辞めます」と言っています。会社は断れますか。

期間の定めのない雇用なら、民法の退職のルール(627条1項)により、申入れの日から2週間で雇用は終了します。就業規則に申出期間がある場合、茨城労働局のQ&Aはその定めどおりに申し出るのがよいと説明しています。

Q. 後任が見つかるまで待ってほしい、と頼むのは違法ですか。

頼むときは手段に気をつけます。脅して働かせることは、労働基準法5条で禁じられています。茨城労働局のQ&Aは、会社が待つよう言っても、退職の意思表示をすれば退職は法律上成立すると説明しています。

Q. 引き継ぎが終わるまで、退職証明書や最終給与を渡さないと言えますか。

退職の証明書は請求されたら遅滞なく交付すると労働基準法22条1項が定め、賃金は請求から7日以内に支払うと同法23条1項が定めています。引き継ぎが終わっていないことを理由に遅らせる前に、管轄の労働基準監督署か社会保険労務士に確認してください。

Q. この記事の内容は、いつ時点の情報ですか。

2026年10月時点の情報です。自社の対応が条文に沿っているかは、管轄の労働局か顧問の社会保険労務士に確認してください。

高畠 将大

代表取締役

高畠 将大

小樽商科大学卒業後、2011年に雪印メグミルク株式会社へ入社し、海外事業所の新規立ち上げに携わる。2018年に個人事業主として独立し、マーケティング・ブランディング支援などを手がける。2024年に株式会社リバラクトを創業、代表取締役に就任。

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